同級生がアルコールとたたかっています。No.53

川辺秀年
アル中になりました No.53 日中平和友好条約とお坊さん
42年前の今日、私は北京にある民族飯店の入り口でたむろしていた。
目の前を、当時の園田直外務大臣が通り過ぎてホテルに入った。外相はホテルの記者会見で、「先ほど、人民大会堂に於いて、日中平和友好条約に調印しました。」と発表した。
翌日、北京在住の日本人約二千人が人民大会堂に招かれ祝賀パーティが開かれた。私のテーブルには、商談相手である対外貿易部(通産省に相当)の面々と法衣のお坊さん達がいた。名刺を見ると「中国仏教協会」の高僧だ。
中国では、宗教は麻薬であるとして排斥されていたのに、まだ生き残っていた!・・・驚きだった。
彼らは質素な法衣ながら、透き通ったオーラが出ていた。日本の高級な法衣を着たお坊さんとは何かが違う。
両国の政府高官の挨拶と乾杯の後、食事が始まって、やっと分かった。彼らは一切酒を飲まず、肉や魚にも手を着けず、生臭は食べない。妻帯もしていない。
中国の仏教界は随分遅れていて古いなぁ。日本の坊さんは肉も魚も食べるし酒も飲む。勿論結婚もする。やはり日本のお坊さんは現代的で進んでいる・・・と思っていた。
その数年後に、ひょんなご縁でスリランカの大僧正一行のお供をして判った。日本のお坊さんが堕落したのだ。殆どのお坊さんが破戒僧になってしまった。
日本のお坊さん達は、世界の仏教界では俗人と見なされている事も最近になって知った。
宗教の戒律はそれほど厳しいものです。一旦戒律を破った組織は歯止めが効かない。
が、昨年、京都で行われた断酒会の全国大会で、京都断酒会の皆さんが壇上に並んだ時、法衣のお坊さん達の姿があった。きっと彼らが日本の仏教界を立て直してくれる。
日本の坊さんは酒害者が多い。我が町のお寺関係では3人が酒害で亡くなっている。うち一人は、酔って火の不始末からの焼死だ。私の消防分団の担当地域だった。消火後の捜索は凄惨を極めた。
日本と中国は友達になり、翌年「友達だからお金貸して」と、三千億円余りを第一次円借款として日本政府は中国政府に貸与した。その目玉プロジェクトに私が召集される事になるとは、その時は知る由もなかった。

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